96条(詐欺又は強迫)
詐欺又は強迫による意思表示は取り消すことができる。
趣旨
本項は、意思表示のうち、詐欺・強迫とこれらの効果について規定しています。詐欺や強迫による意思表示は、取り消す(第121条参照)ことができます。詐欺および強迫は意思表示の形成に欠陥があるため、「瑕疵ある意思表示」のとされます。なお、詐欺や強迫があった場合、刑法上の詐欺罪や脅迫罪に該当する可能性もあります。
詐欺の要件
相手方を欺き、かつ欺くことによって相手方に一定の意思表示をさせようとする意思があること。
「欺罔(ぎもう)行為」(故意に事実を隠蔽し、または虚偽の表示をすること)があること。
騙された者が、欺罔行為によって錯誤(第95条参照)となり、その錯誤によって騙した者の望んだ意思表示をすること。
欺罔行為に違法性があること。
強迫の要件
相手方を畏怖させ、かつ畏怖させることによって相手方に一定の意思表示をさせようとする意思があること。
強迫行為があること。
脅された者が、強迫行為によって畏怖し、その畏怖によって脅した者が望んだ意思表示をすること。
強迫行為に違法性があること。
詐欺・強迫は無効ではなく取消し
詐欺や強迫による意思表示は、不完全であっても、表意者の意思がある意思表示です。
このため、無効(第119条参照)、つまりはじめから無かったことになるのではなく、取り消すことができることになります。
②相手方に対する意思表示について第三者が詐欺を行った場合においては、相手方がその真実を知り、又は知ることができたときに限り、その意思表示を取り消すことができる。
2項趣旨
本項は、第三者の詐欺にもとづく意思表示について規定しています。ある者の意思表示について第三者が詐欺をおこなった場合は、意思表示の相手方がその詐欺があったという事実を知っていたとき、又は知ることができたときに限り、その意思表示をおこなった者(=詐欺で騙された者)は、その意思表示を取り消す(第121条参照)ことができます。この詐欺は、いわゆる「第三者による詐欺」と呼ばれています。
第三者による詐欺の具体例
第三者による詐欺の具体例としては、次のようなものが考えられます。
例えば、AがBの所有物であるレプリカの絵画について、Cから本物の絵画であると騙された場合において、AがBから絵画を買い取った場合です。このような場合、Aが絵画が本物であるとCに騙されていたことをBが知っていたとき、又は知ることができたときに限って、Aは、Bとの絵画の売買契約を取消すことができます。
第三者による強迫は常に取消すことができる
本項に明記されていませんが、第三者による強迫の場合は、相手方が強迫があったという事実を知っていようと、知っていまいと、強迫にもとづいて意思表示をした者は、常にその意思表示を取り消すことができます(最高裁判決平成10年5月26日)。これは、詐欺よりも強迫された者をより強く保護しようという考え方にもとづくものです。この点については、批判もあるようです。
③前2項の規定による詐欺による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
3項趣旨
本項は、詐欺による意思表示の取消しの効果について規定しています。前2項(第96条第1項・第96条第2項参照)の規定の詐欺による意思表示の取消し(第121条参照)は、その詐欺があったという事実を知らない第三者には主張することができません。
詐欺による意思表示の取消しと第三者の関係の具体例
Aが、Bに騙されて不当に安く土地を売ってしまった場合において、Bがその土地をまったく事情を知らないC(=第三者)に転売してしまったときが考えられます。このような場合、いくら詐欺による土地売買契約とはいえ、本項により、Aは、Cに対し、その土地売買契約の取消しを主張できません。
第三者による強迫は適用対象外
本項は、「詐欺による」と規定されているとおり、強迫による意思表示の取消しは適用対象外です(大審院判決昭和4年2月20日)。これは、詐欺よりも強迫された者をより強く保護しようという考え方にもとづくものです。この点については、批判もあるようです。